映画『夕凪の街 桜の国』

オリジナルを忠実にふまえながら、映画手法によって原作への尊敬が翻訳され、同じように原作を尊敬するものにとって、心地よい映像となっていました。
であるがゆえに、こうの史代さんの卓越した構成力と、繊細に綴られた日本語が、いかに優れたものであるかを再確認できる映画でした。実写の映像を見ながらも、あの素朴な絵柄が脳裏に浮かびます。
コミックもずいぶん売れ、読まれているとは思いますが、この映画化を機会に、またさらに原作に触れる人が増えてくれるだろうと期待します。

麻生久美子も田中麗奈も、ぼくのとても好きな俳優ですが、彼女たちにかぎらず、キャスティングが見事。個性、雰囲気、演技のどれもが、原作の登場人物にすてきな息吹をあたえてくれました。すべての俳優が、それぞれの個性を出しながら原作の登場人物と違和感なく一体化して、映画らしい生き生きとしたものにしてくれています。
個人的には、役作りでもあると思いますが、田中麗奈が元々の(たぶん)黒々とした太い眉にしていたのがうれしかった。

原作では、あえてとても抽象的な絵柄にしていた、川に横たわる死屍累々。映画ではどのように表現するだろうかと興味があったのですが、なるほどああしましたか。

上映中にはあちこちから鼻をすする音が聞こえ、ぼくもタオルを持って行って正解。同じ空間で、そうした気持ちの共有が感じられるという点で、映画というメディアはいいものですね。
でもこの映画は、DVDになったら今度は家でも観たい。映画館ではさすがに声をだしては泣けないから。


ひとつだけ、とても気に入らなかったこと。
この映画は文科省の特選になっていたり、さまざまなところから「推薦」や「推奨」をもらっていますが、広島県知事と並んで都知事の推薦も。たしかに、原爆こそ落とされなかったものの大空襲で十万人もの人が一日にして殺されたという点で、東京都の首長がこの映画を推薦するのは当然です。
ですが、おそらく個人としては反米という視点でしかこの映画に共感をもてないだろうあんたに、弱いものの存在や気持ちなどに思いをはせることなどなく、まさにその大量の市民がころされたその場所、やっと平和にくらせるようになったその街中で、こともあろうに戦車を繰り出して得意げにふるまうような好戦的なあんたに、この映画の推薦など、ぼくはしてほしくない。

[映画・演劇・テレビ] tag:
2007.08.01 - 07:37 PM |
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