『黒蠅 』

パトリシア・コーンウェルの検屍官シリーズ、待望の最新刊。前は毎年12月に出ていたのに、今回は三年ぶり。ずいぶん待った。
しばらく前に買ってすぐ読み始めたものの、電車の中など細切れで読むには惜しく、はじめのほうでやめておき、眠れない夜のためにとっておいた。
その夜が訪れたので一気に読了。
以下ネタバレ注意。

コーンウェルは何かを迷ったのだろうか。
面白さは相変わらず格別で、これまでとは違う魅力もある作品でした。
でも今回はストーリー上も、設定上も、そして文体も大きい変更がされていて、それらがいったいどのような理由によるものだったのかには、興味があります。
検屍官シリーズを今後も長く続けようとしたとき、ベントン亡き後のスカーペッタを書き続けるのはつらすぎたのだろうか。
たしかにその後のスカーペッタは見るに忍びないような傷心を負っていて、それは前作・前々作でも癒されることがなかった。
でも、その問題をはじめからなかったことにするのではなく、なにかの形で乗り越えていく様を見せてほしかったとぼくは思います。
大切なひとを失うということは必ずだれにでも訪れることで、スカーペッタのそのような姿を見せてくれることは、そうした場面に遭遇する様々な人の救いになっただろうにと思えるのです。ことに、死を通しての情景を描き続けているこのシリーズにおいては。
今作でもニックには、その母親の死を乗り越える試練をスカーペッタらしいやりかたで与えようとしているのに。

シャンドン一家にはいずれにせよ殺されていたであろうロッコに対して、なぜルーシーが私怨により私的に性急に手を下さなければならなかったのか。それをいとも簡単に許したスカーペッタはどうしたことだろう。小説の中の話、何もつねに法に則った行動をしなければならないわけではないが、彼女なりの正義のありかたや葛藤があってもしかるべき気がします。

そのほか
・スカーペッタの設定上の若返り……訳者も書いているように、これまでの設定どおりで老齢を迎えていく姿をぼくは読みたかった。若くした意味がわからない。むしろ逆効果。
・最高級の設備を誇り、美しい塗装を施した自分のヘリコプターを、たった一回の最初の作戦で失っちゃっていいの、ルーシー。ヘリコプターでなくてもできる作戦、ヘリコプターを失わなくてもいい作戦があると思えるのだけど。
・ニックの登場はおもしろい。今後のシリーズにどのようにかかわってくるのか興味深い
・ジャン・パブティストは逃亡し、シャンドン一家が壊滅したわけでもなく、つまり計画を失敗したのに姿を現してしまったベントン。今回の終わり方はなんとなくハッピーエンドだけど、次回が怖いです。
・ラストに近づくにつれ、「この残りのページ数でどうやってこの本は終わるのだろう?」と妙なハラハラ。
・にしても、ただの「語り」で説明終わりって……。

『黒蠅 (上) 』
ISBN:4062739070

[書籍・雑誌]
2004.02.13 - 02:13 PM |
『暮しの手帖 保存版III 花森安治』 | 『理髪店主のかなしみ』

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