『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』

「We are not alone. —— 宇宙にいるのは、われわれだけではない」
というコピーを初めて見たときの、わくわくするような気持ちを忘れることはできません。
そうだよなあ、と素直に思い、なんだか安心したような気になったものでした。
このコピーのつけられた映画『未知との遭遇』をぼくは大いに楽しみ、今でも大好きな映画のひとつです。

そうした気持ちは、セーガンをはじめとする科学者が、様々な方法で地球外知的生命の探査を実施したり、地球外知的生命へのメッセージを惑星探査機に搭載したりする試みを知るにつけ増大され、SETI@home[berkeley.edu]が始まったときにはウキウキしながらMacにインストールして、コンピューターを使わないで放置することに喜びを見いだしたりしたものでした。(今でもSETI@homeは入れているのですが)

さて、この『広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由』という本。
発売当初からチェックしていて、「いずれ読むリスト」には入っていたのですが、なぜかすぐに読もうと思うまでにはいたらないでいました。しかし、読み終えた今はむしろ、なぜ早く読まなかったのだろうかという思いを強くしています。

原題は "If the Universe is Teeming with Aliens.... WHERE IS EVERYBODY?"(宇宙がエイリアンだらけであるなら、そのみんなはどこにいるんだ?)。

このテーマの探求そのものも非常におもしろいのですが、それよりもぼくにとっての一番の魅力は、「フェルミのパラドックス」に対する50の回答において披露される、わかっている事実を元に別の事実を推論していく過程です。それは科学そのものの魅力であり、また思考するということの喜びでもあります。

そしてこの本の結論は……宇宙にいるのは、たぶん、われわれだけだ、というものです。
それが意味することは、こうしてぼく自身が限りない喜びと感じる「思考」や、宇宙そのものの存在、そしてその中にいるわれわれという存在への「認識」もまた、このあまりに広大な宇宙のなかで、たぶんわれわれだけが持っている、ということでもあります。

冷静に事実を見つめ、正確に思考しようとすればそうなる、という提示は、本エントリーの冒頭に示したうれしさとはうらはらに、残念ながらぼくも納得のいくものです。推定による数値のいくつかは、事実のものとは異なるものもあるでしょうが、それにしても結論が変化するほど大きな違いはないように思えます。

しかしながら、そうした数々の推論によって結論に至る過程で説明されるのは、つまりは地球、その上に生まれた生命、生物、人類、そしてその文明というそれぞれの存在の、恐ろしいほどの稀少さです。

137億年の長大な宇宙の歴史の中、940億光年の広大な宇宙の拡がりの中で、今ここにいるわれわれだけが、宇宙の存在を、時間の存在を、認識しているのかもしれない。

ちょっと想像しただけで頭がくらくらしてくる、無限といってもいいあらゆる偶然の重なり、仏教の用語で言えば「因縁」が果てしなく連鎖して、今こうしてブログを書いているぼくを存在させているということ。

このことはまた、この本をぼくが読んだ結果得た、もうひとつの大きな喜びです。
それは、身の引き締まるような孤独感でもあるのですが。

広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由—フェルミのパラドックス
広い宇宙に地球人しか見当たらない50の理由—フェルミのパラドックス
ISBN-10: 479176126X
ISBN-13: 978-4791761265

[書籍・雑誌, 科学と、科学でないもの]
2007.07.10 - 08:43 AM |
ウソにはインチキで——松岡農水相と擬似科学商品 | 選挙にむけて、ボートマッチ

コメント

» ciao: ( 2007.07.12 - 05:17 AM | 固定リンク)

お久しぶりです。中々面白そうな本ですね。
最近サイモン・シンという人の「ビッグバン宇宙論」という本を読んだばかりで頭の中が宇宙的になっているところだったので、是非読んでみたいと思います。

» ayumu: ( 2007.07.12 - 08:59 AM | 固定リンク)

ciaoさん、どうもです。
宇宙の話は、結局は自己の存在を問う話であるので、とてもいろいろなことを考えさせられますね。
読んだらぜひまた感想など、聞かせてくださいねー。

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